よくよく見返したら、この記事を最初に書くと宣言したのは去年の7月でしたね:oops:。いやはや、かたじけない。長くなりますが、よければおつきあい下さい。
さて、ジーコ現監督の就任当初からよく言われていることですが、前任のトルシエとはかなり対照的なスタイルです。トルシエはとにかくチームとしての「約束事」にうるさく、プレーヤーが約束事を守るように徹底して反復練習を繰り返しました。これに対し、ジーコは決まり事をほとんど作らず、選手達の「自主性」を重んじると言われます。このことは周知の事実ですが、実は私が取り組んでいる心理学のモチベーション研究的には、トルシエからジーコに監督が引き継がれたことは非常に良い人選だと考えられます。
心理学のモチベーション研究には、2つの大きな流れがあると言えます。一つめは、「パブロフの犬」で有名な「条件付け」をベースにした理論です。「行動主義」と呼ばれるこの学派は、行動が起きるためには、何かきっかけとなる刺激が必要だと想定します。パブロフの犬は、餌を与える時にベルを鳴らすと、そのうちベルを鳴らすだけでも犬はヨダレを垂らすようになるという古典的な実験ですが、それと同様に、人間も何か行動を起こさせようとする場合は何かしら「刺激」を与えなければ、その行動には取り組まないということです。トルシエ監督の場合は、「刺激」=「怒ること」で選手の「行動」=「約束事のサッカー」を引きだそうとしていたと言えます。かなり端折って単純化しましたが、要は「決められた行動をしないと、罰せられる」ことがモチベーションになると言うことです。罰することだけでなく、褒めたり、賞品を与えて行動を引き出そうとしたりする考え方も行動主義的な考え方に基づいていると言えます。
もう一つのモチベーション理論の流れは、行動主義とは真っ向から対立します。「人間中心主義」と呼ばれるこの考え方では、「最善の行動は外から課せられるのではなく、内から湧き出る内発的なものだ」と想定します。この理論では、報酬や罰を与えると、人間がそもそも持っている自主性や内発性が損なわれてしまうとされており、実験によって報酬や罰が自主性を損なうことを示す結果もかなり報告されています。人間中心主義的な考え方では、報酬や罰は、その場では一時的に行動の生起を促すものの、それは「自主的にやっているのではなく、やらされている」ために長続きしないとされています。ジーコは、人間中心主義的スタイルの強い監督だと言えるでしょう。
後者の理論の方がよりキャッチーであるため、人気は高いのですが、一方で教育現場などではかなり不評です。例えば学校の先生方にこの理論のことを話すと、「自主的に勉強をやらせても、やる訳がない。机上の空論だ!」と言われるのが関の山です。ジーコの例でも、結果が出ない時期は「ちゃんと指導しろ!」と辞任論が高まりました。
では、どちらの立場が正しいのか? 私は、両方とも考え方は合っているものの、対象によってアプローチを使い分けなければならないという仮説を持っています。これは、学会的にもまだ新しい考え方ですし、私もこの理論を裏付けるデータをこれから集めなければなりませんが、割と自信を持って主張している理論です。
アメリカでは、いわゆる問題校や刑務所で行動主義的なプログラム(賞品を与えながら勉強や作業に取り組ませるもの)が多く展開されており、成功が報告されています。しかし一方で、一般の高校や大学以上で行動主義的なプログラムのことはまず聞きません。つまり、自分を律することに問題を抱える対象に対しては有効なアプローチだと考えることができるのです。
一方、人間中心主義的な立場の研究のほとんどは、一般の高校生や大学生を被験者として行われることがほとんどで、そのことから「自律性を重んじるのが一番」という結論が導かれています。つまり、自己を律することに問題のある対象でもこの結論が当てはまるのかどうか、大いに疑問です。
これらのことからは、課題をこなす能力を十分に有しない者に対しては「厳しく律するアプローチ」が有効であり、能力を既に持っている者は「自主性」を引き出すことで能力が最も伸びるとの仮説が導くことができます。(ここもかなり端折って書いているので、ちょっと強引ですが)
さて、話をサッカー日本代表に戻しましょう。トルシエが就任した当初、日本代表はフランスW杯には出場していたものの、国際的にはまだまだのレベルでした。海外でプレーする選手も少ないだけでなく、国内でのプレーに満足してしまっているような風潮もあったと憶えています。トルシエは鉄拳制裁で選手の甘えを断じ、国際的にトップレベルで競うための規律をたたき込んでくれたと言えると思います。彼のアフリカでの実績からしても、規律に甘いチームに信頼された時に成果が出ていると思います。(信頼獲得に失敗すると、度々あるようにすぐ解任されてしまうことにもなりますが、、、)
日本代表はトルシエに国際レベルで戦うための規律をたたき込まれた上でジーコに指導が引き継がれた訳です。これまでは言われた通りにやるだけだった選手たちに、今度は自分で考えて行動することを求められました。トルシエに教え込まれた規律も確かに大事な基礎ですが、さらに上を目指すためには、プレーヤーが「アドリブ」を効かせることが必要だと言うことに異論はないでしょう。
このように、トルシエ>ジーコの順に就任させたことはかなり秀逸だと言えるのですが、日本協会はこのことを意図的にやっているのでしょうか? 就任前はジーコの代表監督としての手腕が未知数だったことを考えると、そこまでは意図せずにこうなっていると見るのが妥当だとは思いますが、Jリーグ発足以降の代表監督たち(オフト、加茂、岡田、トルシエ、ジーコ)を並べてみると、それぞれの時期に「代表がさらに一つ上を目指すため」に合っている人選をしているようにも見えます。私個人としては、川淵キャプテンの最近の言動から、彼が非常にサッカーを熟知していて国内リーグの運営や育成方針もしっかりしていると思わされる節があるので、いろいろと考えがあって長期的に育成しているように見えます。それだけに協会の外交力の弱いことが残念。
これに対し、隣の韓国や中国はその時その時で良い監督を呼んでいるのですが、国内リーグの状況を見ると必ずしも長期的なビジョンはそこまでないのではないかと思います。今のJリーグやユース育成の状況から見ても、日本代表は少なくともしばらくは安定して力を保てるのではないでしょうか。たとえ監督や強化試合の組まれ方がイマイチな状況が多少あったとしても。
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